東京高等裁判所 昭和32年(ネ)637号 判決
一、証拠を綜合すると、控訴人等先代今之助はさきに群馬県沼田市において飲食業を営んでいたが、営業不振のため経済困難であつたのと妻である控訴人まつが数年前から神経痛等のため病弱で家事を執るのに困難であつたので、東京に移住して控訴人等と生活を共にすることを決意し、昭和二十五年三月頃周旋業者を介して前記古川岩雄から本件家屋を買受けたものであること、当時本件家屋には別紙目録記載の部分に被控訴人等先代弘吉及びその家族である被控訴人等が居住していたので、右今之助は本件家屋のうちのその余の部分に妻控訴人まつ、長女控訴人美恵、次女控訴人芳子、三男控訴人慶治と同居したこと、右弘吉方は六畳六畳三畳の三室を四人で使用し右今之助方は八畳四畳洋間六畳と約一坪の板の間を使用し玄関廊下洗面所便所等は共用としていたこと、右今之助の長男である控訴人耕作は豊島区池袋二丁目に家屋を賃借して妻と共に居住していたが生活は豊でなくその上昭和三十二年三月で賃借期限が切れ明渡することになつていたので、右今之助等は右長男の別居による経済困難と妻まつの病弱による家事上の不便とから右長男の同居を希望していたことが、いずれも認められる。
二、しかし証拠を綜合すると、被控訴人等先代弘吉はさきに古川岩雄から本件家屋のうち別紙目録記載の部分を賃借して妻である被控訴人トナヨ、子である被控訴人美代子、光三等と共に居住し、右弘吉等の使用する部分以外には右古川岩雄が同居したのであるが、右古川はこのように本件家屋に右弘吉等と同居するに当つて、右弘吉が示した好意ある態度に感謝し、特に、今後共円満に同居生活を継続して迷惑を及ぼさないようにするべく若し部屋を明けるときは弘吉方に使用させ又若し家屋を第三者に譲渡するときはその者によく事情を話して引継ぎをするべき旨を固く約束し、その旨の覚書(乙第二号証)を作成して差入れたこと、その後右古川は本件家屋を控訴人等先代今之助に売却するに先立ち、これを右弘吉に通じたところ、弘吉は今後共従前のとおり同居できるなら売却に異議ない旨述べたので、右古川は今之助に対し前記約束の次第を話し、今之助もこれを諒承して本件家屋を古川から買受けるに至つたものであることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
三、その後控訴人等先代今之助及び被控訴人等先代弘吉がいずれも死亡したことは前述のとおりであるが、原審証人角田友国当審における控訴人耕作及び美恵各本人尋問の結果を綜合すると、控訴人耕作はその後妻及子一人と共に妻の実家に寄寓し月収約一万四千円を得て生活していること、控訴人美恵は昭和二十九年十一月友国と婚姻し同人も一時本件家屋に同居したが昭和三十二年八月離婚して別れたこと、右美恵は勤務先から月収約二万五千円を得ているものであること、控訴人芳子は他に嫁し現在外国に居住していること、控訴人慶治は婚姻して妻と共に現在アパートに居住し自活していること、従つて本件家屋には現在控訴人まつ及び美恵が居住し一時女中を雇つて家事をさせているものであること、被控訴人等方は先代弘吉が高校教師を勤めていたものであるが、現在被控訴人光三が就職し、被控訴人美代子は永らく病気で臥床しているものであることが、いずれも認められる。
以上認定の控訴人等方の事情を被控訴人等方の事情及び本件家屋買受当時の事情と対照して考えると、本件家屋明渡により控訴人等の受ける利益よりもこれによつて被控訴等の被る損害がむしろ多大であることが認められるのであつて、従つて本件解約の申入につき借家法第一条の二所定の正当の事由のあることはこれを肯認することができない。
(薄根 村木 山下)